自らの枠を越えて

《 ルカによる福音書7章1~10節 》
 カファルナウムの町に、ローマ兵の百人隊長がいました。彼と彼の部隊は、治安維持のためにその町に駐留し、特にその地のユダヤ人たちと良い関係を築いていました。彼は神を畏れる人で、ユダヤ人たちのために、自ら出資して会堂をも建て、ユダヤ人の長老たちから好意を得ていたようです。ある時、彼の部下が、病のために瀕死の状態になり、彼は、ユダヤ人の長老に、噂に聞くイエスという人になんとか助けてほしいということを願い出ます。長老たちもそのことをよく理解し、すぐにイエスに話をします。
 百人隊長は、さらに友人を一人遣わし、「主よ、ご足労にはおよびません」「ひと言おっしゃってください」と伝えました。普通であれば、迎えに出て、案内し、事情を説明するところであると思います。しかし、彼は、彼自身の職業的な経験を頼りに、主イエスが直接手で触れて癒されるのではなく、み言葉そのものが力を発揮するということを理解していました。
 旧約聖書の中の、似たような話が思い出されます。異邦人であるアラムの王の軍司令官ナアマンは、自身が病気となり、預言者エリシャのところへ行きます(列王記下5章)。すると、エリシャからの伝言として、遣いの者からヨルダン川で身を洗うようにと聞き、ナアマンは憤慨します。「彼が自ら出て来て、わたしの前に立ち、彼の神、主の名を呼び、患部の上で手を動かし、皮膚病をいやしてくれるものと思っていた」。ナアマンの場合は、最終的に、家来たちになだめられて、その言葉に聴き従うことになりました。ここに、対照的な姿が見られます。百人隊長の場合は、主イエスの言葉に強い信頼を置いていることが分かります。そして、主イエスは、その信仰をご覧になりました。「イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」。この言葉は、当時のユダヤ人たちの信仰に対する批判でもあります。日頃、アブラハムの子孫であるということに誇りを抱いていたユダヤ人たち。しかし、主イエスは、分け隔てなく、人々の信仰に目を留められるお方です。主イエスの視線は、異邦人である百人隊長に注がれ、その執り成しの祈りが聞かれ、彼の部下は癒されました。この百人隊長にこそ、御言葉に対する真っ直ぐな信仰が見られるということが告げられています。
 さて、異邦人世界にも分け隔てなく福音が広がっていくということについて、ルカ福音書、また、さらに使徒言行録に記されています。使徒言行録10章に出てくる百人隊長コルネリウスの話では、ペトロが、幻によって示され、「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました」と言います。そして、コルネリウスと彼の周辺にいた、真の神を畏れる人々は、洗礼を受けます。しかし、ペトロ自身にとって、実は最初、そのことはたやすく理解できることではありませんでした。彼は、生まれてからその時まで、ユダヤ教という枠の中で育ち、その環境が体に染みついていました。ですから、言わば目に見えない鎖のような縛りがあることに気づき、それが破られるというのは、決して当たり前のことではなかったはずです。彼の場合は、直接的には幻による啓示が、彼の目を開かせた出来事であったと言えますが、それ以前にも、やはり主イエスと共に歩んだ日々が大きかったのではないでしょうか。主イエスが、異邦人に対して何の先入観も、分け隔てもなく向き合われ、人々の病を癒されていたという姿を見て、その時の衝撃というものが、彼の心を既に耕していたのではないかと思うのです。その意味で、主イエスは、人間の頑なな現実を知りつつ、弟子たちに愛をもって御心を知らされ、そしてその主は、今日も私たちに働きかけておられます。
 また、今日の箇所で、改めて注目してみたいのは、百人隊長の懇願は、自分や自分の家族ではなく、彼の部下のためであったという点です。彼は職務上、百人の兵士たちに対する責任を負っていましたが、人を愛するということにおいては、彼もまた立場を越えて、人として分け隔てのない人であったのではないでしょうか。そして、彼は、その部下を主イエスの御手に委ねました。
 また、百人隊長は、主イエスのところに自分の方から出向くのも、ふさわしくないと考えました。主イエスの所に出向くということを、象徴的に捉えるならば、それは自分の時間割でなんとかしようということを放棄し、主イエスにお任せしているということになります。百人隊長は、時についても主イエスに委ねたと言うことができます。これらのことは、周囲の人々との関係の中に置かれている私たちの日常にも、大切な示唆を与えるものではないでしょうか。
 少し以前の『信徒の友』の中の連載を思い出して読んでいたところ、石浜みかるさんという作家の連載の中で、「自分史を書く」という記事を目にしました(2002年10月号)。この方の著作では、『紅葉の影に:ある牧師の戦時下の軌跡』という本が教会関係ではよく知られていて、この記事の中でも、若い人はもちろんのこと、そういう時代の中を歩んだ方は、ぜひ自分史を書いてみてはいかがでしょうか、と勧められていました。
 自分史をまとめる良さについて、どういうことが言われているか少し調べてみると、例えば、自分を客観視できる、自分という軸を捉えなおすことができる、あるいは、自分史を節目に書くことで、第二の人生を考えることができる、など、いろいろと出てきますけれども、さらに石浜さんは、「現代史を編み込んだ、自分の親と自分の年表を作らなければなりません。自分が生きた時代の社会の動きぬきには、自分の人間像は創られなかったのですから」と言われます。例えば、身近な例としてすぐに思い浮かぶこととして、かつてテレビで見た月面着陸のニュースの頃や、オイルショックでトイレットペーパーを買いに走った頃、あるいは、携帯電話が世に普及し始めた頃、その時、自分は何をしていただろうか、また、そういう時代の動きというものが、自分に影響を与えているということになるのだと思います。ある意味で、これは、自分というものを見つめる位置をずっと引くようにし、いったん離れて見るということだと言えると思います。そして、特に歴史の時代状況の中に、自分を置いて、どのような影響を受け、あるいはどう翻弄されたのか、また、どのように積極的に生きようとしたのかなど、その歩みをもう一度振り返ることに意味があるのだと思います。
 そして、似たような意味で、私たちの信仰の日々についても、全体の大きな流れの中で見る必要があるのではないかと言えます。この場合、全体の大きな流れとは何でしょうか。聖書的観点に立ち戻って考えると、ルカ福音書、そして使徒言行録で伝えられているのは、キリストが広く伝えられていくことについて、それは神様が進められる歴史の時計が動いていて、そして使徒たちも、それに参与する者として働き、奉仕をしているということです。ですから、神様が事を進めておられる歴史の現実がまずあって、それを強く意識して、そこに深くかかわる者として、自分たちも奉仕をしているということなのです。そして、これは、聖書の中の使徒たちだけではなくて、キリスト者一人一人にも投げかけられている視点ではないかと思います。現実の中にあっても、今も働かれる神様の歴史の中で、自分の位置を捉えるという視点を与えられているということ。これは、神様の時間の枠組みがあることを思い、自らをその中に置くという視点です。
 私たちは、日々、現実に埋没して生活している場合が多いと思います。私たち一人一人は有限で、つまり限りある存在であり、仮に何かを成し遂げても栄枯盛衰の必ずある存在です。そして、それだけでは孤独であると思います。それが、私という時間の枠であります。しかし、私たちは、神様という大きな時間の枠に置かれていて、その現実に身を置くことができるということは、実は、大きな救いであると言えます。
 先に、石浜みかるさんの記事を、たとえとして見ましたが、さらに石浜さんは、「歴史を感じることに何の意味があるのか、ともし問われるなら、不幸や恐怖や不安に打ち勝つ希望を注入してくれる、と私は答えたい」と言われています。このことについても似たようなことを教えられるのではないでしょうか。つまり、聖書の内容と照らして考えると、ましてや神様の働かれる歴史の中に置かれているという視点が、もし私たちに語られているのであれば、それははるかに大きな希望を与えられているということではないでしょうか。「完全な愛は恐れを締め出します。」(一ヨハネ4:18)と聖書にあります。愛であるお方が遂行される歴史の中に私たちが在るならば、そのことは、私たちが何を畏れ、また何を畏れなくて良いかということに、自ずと違いをもたらすはずです。そのような意味で、私たちは、神様の働かれる歴史の時間の枠に置かれています。主イエスが来られたという現実。それは、神様の一貫した救いの歴史を人々に知らせるための出来事であり、まさに十字架において、私たちの自分という枠がもはや砕かれ、神様の大きな愛の現実の前に在ることを、私たちは今日の礼拝を通して新たに心に留めたいと思います。
 どうか、現実の日々を過ごす私たちが、主の導かれる大きな導きに希望を与えられて歩むことができますようにお祈りいたします。
(2020年9月27日 礼拝説教要旨)